夢の島からの贈り物

福岡市内からジェットフォイルで一時間程度の離島・【夢の島・壱岐】です。様々な素晴らしい素材を使った海産物、製菓など、あらゆる素晴らしいを全国の皆様にご提供できればと真剣に考えております。どうぞよろしくお願い致します。

天比登都柱(あめのひとつばしら) それは夢の島・壱岐
また神の世界と地上の世界を結ぶ一本柱の國、それが壱岐

どうぞ、食を文化をご堪能ください
【ごあいさつ】

自然豊かな食をあなたのテーブルに

玄界灘に浮かぶ夢の島・壱岐、その北部に位置する勝本町で穫れた新鮮な魚、海士が獲った新鮮なムラサキウニを販売している方の商品を通信販売という手段を使い、様々な方にお届けしたいと思い立ちホームページを起ち上げました。

この自然豊かな九州、長崎県壱岐市から全国の食卓へ安全な食をお届けできればと願っております。

現在、まだ出店者は2社でございますが、いいモノを見つけ、更に安心してお届けできる食を増やしていく所存でございます。


何卒、どうぞ、よろしくお願い致します。


    
 
 選ばれました!!


島の象徴【猿岩】

ホームページ運営管理者
T-style
〒811-5501 長崎県壱岐市勝本町勝本浦356
TEL:090-1343-7993
代表 立石拓也

 

壱岐麦焼酎・私の三本柱

壱岐麦焼酎・私の三本柱

1899年の酒税法施行以降、壱岐には55軒の焼酎の蔵元が誕生しました。その後、統廃合を繰り返し、現在では7軒が焼酎づくりに切磋琢磨しています。島の中央部、小高い丘の上に建つ壱岐の蔵酒造はその一軒。1984年に6つの酒蔵が集まり、壱岐焼酎協業組合を創設。2010年にはさらなる飛躍と壱岐焼酎の発展を願って、社名を壱岐の蔵酒造と変更しました。16世紀から受け継がれた伝統的な技法を守りながら、減圧蒸留、花酵母仕込みなど新しい試みにも果敢に挑戦し、壱岐焼酎の美味しさを追求し続けています。
「壱岐の蔵酒造HPより引用」

壱岐の蔵酒造はほぼ私の生まれた町・壱岐市勝本町勝本浦(当時は壱岐郡勝本町勝本浦)の蔵元が集まってできたと記憶しております。当時、焼酎は今より安価で日本酒が高いから焼酎を。といった話を聞いた記憶もあり、壱岐の蔵酒造の一翼を担う旧・石橋酒造には「福椿」、「白椿」という日本酒がありましたから。

漁師町・勝本町勝本浦


 



 

 

 

 

 

 

 

 

赤いペンで塗っているのが壱岐市勝本町勝本浦(勝本小学校区域)、漁師町で長崎県下一でした。ちなみに長崎県は全国2位の漁獲高。私が高校時代まで組合員数800弱、760艘の一本釣り漁船。19トンイカ釣り漁船が60艘、浜田沖、金沢沖、小樽沖まで行ってました。今や「もはや漁師町じゃない」と。

驚かれる方がほとんどですが、この島には18の小学校がありました。現在も17校あります。18のコミュニティがあると考えて頂いた方がいいと思います。勝本町ひとつとっても他地域(勝本町の他地域、郷ノ浦町、石田町、芦辺町)の方は赤いマークしてあるところを「勝本」と呼び、また指します。いわゆる勝本小学校区域になります。私の高校時代から人口は約半分。現在も小学校が壱岐市全体で17校あるのは複式学級が功を奏し、統廃合せずにいると聞きました。中学校は10校から4校(1町1校・スクールバス有)、高校は以前のままですが、母校は私が在校時1,200人が600人に半減。壱岐商はわかりませんが、壱岐高校同様に半減と仮定すると300人~400人だと思われます。
 


【壱岐っ娘】
壱岐の蔵酒造

壱岐っ娘

ブランドとして売り出された「壱岐っ娘」 、私の記憶にあるのはなんとなく斬新なイメージがありました。イラストレーターが故・長岡秀星(生まれは長崎市、学童疎開で壱岐の島へ)だと有名になりましたが、当時、どのような方か存じ上げませんでした。しかし、壱岐の島滞在年数は10年間。長岡秀星さん自身が故郷と捉えていらっしゃったかはわかりません。


壱岐っ娘はそんなに臭みもなく、喉をスーッと通過する感覚があり大変飲みやすい焼酎です。焼酎デビューの方にはオススメの焼酎です。

四方山話ですが現社長(壱岐の蔵酒造)のお姉さんが同級生で、頼み込んで時間を決め、夜にお金を持って自転車で彼女の家に向かってました。家の裏に「壱岐っ娘」を持って待っている彼女にお金を支払い焼酎を受け取る。(別に壱岐に「禁酒法」はなかったのですが、一応、未成年者なので。)なぜかいつも一日分の量がマジックで記されていました。高校二年だったと思います。この取引は1年ほど続いたと思います。

ちなみに私と彼女と工務店の息子3人が小学校のクラスで父親が漁師じゃありませんでした。
あとは全て漁師を父にもつ同級生という勝本浦でした。



【山乃守】
山乃守酒造

山乃守

山乃守は通常の麦焼酎などと同じ度数は25度ですが、30度くらいあるように感じます。
私が好んで飲んでいると「おっ、お前焼酎飲みばいね」、「本当の焼酎を好むやつは山乃守を飲む」、私の伯父などは若い時、これを飲んで走ったそうです。なんでそんなことをしたのが聞くと「早く酔いが回る」からだそうです。非常にいいコスパです。

2000年代初頭に焼酎ブームが一時期あり

平成13年~平成17年(2000年代前半)
平成15年(2003年)、本格焼酎ブームがやってきます。

それまでは麦焼酎が中心だった本格焼酎市場に、芋焼酎が参入。主に酎ハイのベースとして認識されていた焼酎が、「味わいながら飲む」といった、大人の飲み物として親しまれるようになったのです。

また日本全体の健康志向も、焼酎ブームに一役買いました。血糖値の上昇を抑える、糖質やプリン体が含まれない……という点が評価され、晩酌のお酒を焼酎にする人が増えていったのです。  

平成15年(2003年)の焼酎全体の出荷量は、約50年ぶりに日本酒を上回り、それまでは洋酒一辺倒だったバーやラウンジの「ボトルキープ」のお酒も、焼酎に置き換わることが増えていきます。

蔵元から遠い都会でも、コンビニで24時間、人気の本格焼酎が買えるようになりました。

【本格焼酎と泡盛ガイド】より引用


一杯に1,000円程支払うのになかなか納得できませんでした。

山乃守は洋酒(バーボン)と捉えロックのダブルを意識した飲み方がオススメです。いえ最高です。
なぜかわからないですが、壱岐の焼酎として山乃守と捉えている自分がいます。この焼酎だけは生き残ってほしい、と。


【壱岐】
玄海酒造

壱岐

麦焼酎・壱岐は非常に飲みやすく、発売以来、「壱岐の焼酎」の代表作だったと思います。今は「壱岐の島」がその地位にあると思います。帰省するたびに母が出す(家にあるお客さん用の在庫)焼酎は、「壱岐っ娘」→「壱岐の華」→「壱岐」と変わっていきました。母はお酒は飲みません。だから、酒店に配達してもらうかスーパーなどで露出度の高い焼酎、値段が安い焼酎を選んでいたと思われます。母は銘柄はわからず全て「焼酎」でお店に「焼酎ください」と言うほどで、贈答品には「デラックス」と名前の付いている焼酎を選んで3合瓶3本をセットで送っていたようです。

こう書くと「安酒」という印象を持つ方もいらっしゃるかも知れませんが、とんでもない。とても美味しいです。「山乃守」を除けば私は「壱岐」を買うでしょう。夏はロック、冬はお湯割りがオススメです。 

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